泉幸甫建築研究所

高知、愛媛の旅 Ⅱ 無患子

吉良川の街並みの特徴は水切り瓦を重ねた蔵にあるが、もう一つ 「石ぐろ」という石塀も魅力的。

この石塀、下の方は大きい石積みだが、上部は小さい丸い石積み。

ただ小さな丸い石積みというだけでなく、割った石のようだ。

よく見てみると、

本当に割った石を積んでいる。

それもラグビーのボールのような楕円の石を二つに割ったもの。

海辺を見たら確かにラグビーボールのような石がたくさんあった。

 

この石は2~30年前に三宅島の海岸で拾ったもの。

あまりにも真ん丸なので、今でも大事に取っている。

海岸で波に洗われるうちに段々丸くなるのだろう。

吉良川はラグビーボール型、三宅島はまん丸、その違いはどうして生まれるのか?

石の目、石理の違い?それとも海岸の形状の違い?

 

この吉良川町で、珍しい植物の種も見つけた。

無患子(むくろじ)という植物の実。

半透明の殻の中に実が入っている。

これも宝になりそう。

 

 

2017-03-24 | Posted in blogコメントする

高知、愛媛の旅 Ⅰ

「家づくり学校」では毎年この季節になると修学旅行をやっている。もちろん建築を見て歩く旅行で、先生も生徒も建築が好きな連中ばかりだから、建物を前にしてあーだ、こーだと言いながらの旅で、これが本当に楽しい。待ちに待った修学旅行です。今年は高知から愛媛へ抜ける竜馬の脱藩ルート。

最初は吉良川の街並み見学。吉良川は室戸岬に近く台風銀座。日本の風雨の強いところでは瓦の隙間から水が侵入しないように漆喰で守っているが、特にこの高知は瓦の周りのいたるところが漆喰で覆われ、さらに水切り瓦が外壁に何重にも付けられている。

漆喰はもちろん土佐漆喰。土佐漆喰は藁を何度も入れて発酵させ、残った繊維分で強度を高める。土佐漆喰は、白い左官壁に使ったことがあるし、またハンダという粘土と土佐漆喰を半々に混ぜるものがあるが、それによく使ってきた。普通の漆喰より強い。

高知では瓦を漆喰で頑丈に固めるため、瓦は瓦屋というよりむしろ左官屋の仕事だったとか。

かつて高知の蔵の水切り瓦のド迫力を見て感激し、瓦の代わりに板金の水切り付けたことがある。比較すること自体に無理があるかもしれないが、高知の蔵にはかなわない。

 

2017-03-17 | Posted in blogコメントする

もう桜

春の兆しを感じ始めた今日この頃だが、

事務所の近くで、もう桜の花が。

小さな花がたくさんついて、ソメイヨシノよりずっと赤い。

何という名前の桜だろうと思ったが、

桜と言っても、その種類は膨大だとか。

1月から12月まで、それぞれの月に咲く桜があるというぐらい。

彼岸桜?緋寒桜?それとも・・・・?

いろいろ調べたら、おかめ桜のようだ。

おかめ桜は淡い紅色の一重咲きで、花が下を向いて咲くのが特徴というから、これにに違いないと思うが、確信はない。

 

2017-03-06 | Posted in blogコメントする

第九期 家づくり学校開講 受講生募集中

私が校長を務めています「家づくり学校」第9期が生徒募集中です。

家づくり学校は、はや9年目、たくさんの卒業生を送り出しました。

住宅設計をちゃんと学び直したい人は是非来てください。

住宅に熱い思いを持った人々との輪の中で、勉強してみませんか。

詳しくは、

http://npo-iezukurinokai.jp/gakkou/

2017-03-05 | Posted in blogコメントする

おうちにお寺?

建物が出来上がると子供は初めて見る我が家に大はしゃぎ。

特に,最近できたこの家のようにスキップフロアーの家は楽しく、友達を連れてきてはあっちへ行ったり、こっちへ行ったり走り回っている。

 

その子供たちが家の中で「お寺に行こう」と言ってるらしい。

新築の住宅なのに、「お寺に行こう」とはどういうこと?

そのお寺とは和室のことらしい。

多分、法事かなんかでお寺に行き、畳や障子を体験したのだろう。

和室が少なくなり、今や和室は絶滅危惧種寸前。畳や障子を見るとお寺のイメージに結びついてしまうのだろう。

確かに建築学科の大学生でも自宅に和室のない子がかなりいる。

子供に和室の文化をぜひ残したいものだ。

 

 

 

2017-02-24 | Posted in blog, 未分類コメントする

サピエンス全史

今話題の本です。
サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福
世界中で売れているらしい。
成る程と納得。
われわれ人間の歴史を誕生から現代まで追った本だが、
歴史書というより、「人間とは何か」を問うた本。
学校の歴史の教科書ほど面白くないものはないが、
このような本だったら文句なく勉強したくなっただろう。
大学の一般教養の本として使ったらいいなー。

 

2017-02-11 | Posted in blogコメントする

手帳

予定も書け、日記も書ける手帳でいいものはないかなー、と長年探していた。
今や、スマホに予定を入れる人が多くなっているが、僕はスマホを持っていない。
相変わらず、ガラケー。
スマホは出始めの頃、結構早く使ったが、仕事時はパソコンの画面に向き合っていることが多く、もうこれ以上PCに向かい合いたくない!とスマホはやめにした。
PCばかり眺めていると、人間が本来持っている感覚がダメになっていくような気がする。
字を書いたり、紙の本をちゃんと読むと心が落ち着く。

ということで、予定も日記も書ける手帳を持つことになった。
でも、これがまたなかなかいい手帳がない。
いろんな手帳を試みたが、結局下のようなものになった。

MUJIの横線だけの手帳の表紙をはぎ取ったものを2冊重ね、表紙は和紙作家さんが漉いた和紙で作った自家製の手作り。
栞も3本付け、予定と日記のところ、それにメモ覧で使う。
また手帳が開かないように、手帳の色にあったベルトも付けている。
このベルトの色がポイントで、手帳の品が変わる。

手帳の予定表は毎年1年分、手書きで作る。
初めの頃はこの予定表を作るのが面倒だったが、慣れてくると大したことはない。
表を作りながら、今年はどんな年になるかなーと、思いながら作るのがけっこう楽しい。

使い終わると、和紙作家さんの表紙を剥がし、過去の手帳にはぎ合せ1冊の分厚い手帳になっている。

2017-02-01 | Posted in blogコメントする

リノベ参入

以前、仕事を頼まれた建て主さんから、

結婚したんで、実家の建物を改修して住まいたいんだけど、

泉さん、改修工事なんてやってくれます?とのこと。

とっても楽しい建て主さんだったので、二つ返事でハイ、ハイ。

実は大昔、駆け出しのの頃、改修の仕事を結構やっていた。

改修個所は水回りが多く、大変勉強になったことを覚えている。

建物は水回りが一番傷みやすく、そうならないようにするにはどうしたらいいか、大変勉強になった。

この建て主さんのお父さんは大工さんで、建物はお父さんが残してくれたもの。

当然、建て主さんは父親への敬意もあり、リノベーションをして使い続けたかった。

改修の基本は父お父さんが作った木造建築の木の感じを残しつつ、
レトロな感じの中に若々しいデザインに変えること。

8畳二間の畳を剥がし、16畳の板の間のリビングに変えた。

キリッとした感じになった。

床材はざらざらとした古民家風のもの。

玄関の一部分は吹き抜けにし、2階と小窓でつなぎ、気配を感じられるようにした。

リノベーションの何といっても面白いところは、
古い材を生かし、住まいの年月を感じさせることができること。
新築では絶対にできないことがある。

玄関は鉄平石の周りを洗い出しで仕上げた。

新築は頭の中で考えるが、リノベは目の前にあるものとの対話。
この対話が楽しい。
今までにたくさんのモノづくりの手法を身に着けてきたので、
リノベにこの手法を生かすことができる。
これまでリノベはどちらかというと避けてきたが、
新しい世界が開ける予感がした。

2017-01-26 | Posted in blogコメントする

而邸 ⅩⅨ 太鼓障子

而邸(自宅)の寝室の入り口は太鼓障子になっている。

太鼓障子とは、両面に障子紙を張った建具のことで光を通し、よく茶室に使われてきた。障子襖(しょうじぶすま)と呼ぶこともある。

今はまだ太陽の高度が低いから、目を覚ますころ、この太鼓襖に窓ガラス越しの朝日が当たっている。

両面が障子紙だから、薄暗い室内で障子自体が輝いて見える。

美しい。

こういう美しさは、何と言っていいのだろう?

一般的に言われる美術品とは違った美しさ。

これこそインスタレーションではないか。

また建築の美学はこんなところにあるのかもしれない。

 

2017-01-21 | Posted in blogコメントする

みんなで住むの原点

元旦の新聞にゴリラの研究者、山極寿一さんという方のインタビュー記事が出ていた。

思わず引き込まれてしまう内容に、山極先生の本を探し求める。

何冊も本を出しておられる方だが、「サル化」する人間社会、をさっそく買う。

「サル化」する人間社会 (知のトレッキング叢書)

この本に惹かれたのは集合住宅の設計をやってきたからかもしれない。

建築の設計をやっていて、特にこの東京という街では、人間関係や家と家の関係がバラバラに断絶しつつあることが大変気になっていた。じわりじわりと人間関係における寂しが増し、不幸な街になってきているような気がする。

そんなことから皆が適度な距離を保ちつつも、一つの場所に対する共有感を持てるような集合住宅の設計目指してきた。

山極先生の本によると、ゴリラはチンパンジーなどのサルとは違い、自分以外のものの気持ちを理解する能力、共感能力がとっても高いらしく、集団に対する帰属意識も高い。

一方、チンパンジーなどのサルは個々がバラバラで、それは自由だともいえるが、孤独。

東京の人間はチンパンジー的!

アフリカの森のゴリラの方が余程いい世界を作っているなー、と感心することしきり。

と言って、この本を読めばどういう風に共同住宅を設計すればいいか、ということにはつながらないが、(あまりにも普通な言い方だけど)みんなが幸せになれる共同住宅の設計がいかに重要か、ということの思いを強くした。

2017-01-14 | Posted in blogコメントする