泉幸甫建築研究所

石造りのように柔軟な

紹介せずにはいられない、「石造りのように柔軟な」という変わった題名の本です。
この本は北イタリアの伝統的集落、建物の調査報告書みたいなものだけど、ちっとも堅苦しくはない。
へー、そうなのかと、新しいものの見方が散りばめられている。

それにしても、なぜこのような本が東洋の果ての日本で翻訳されたのか、読んでみてよく分った。
近代化によって人間と環境のなじみ深さが失われつつあることへの喪失感には、今や絶望感すらあるが、それはイタリアでも同じことらしい。
ヨーロッパの国々は日本に比べたら、まだましだと思っていたがが、そうでもないらしい。
ところでこのような本は、ややもすると牧歌的なノスタルジアに終わることが多い。
しかしこの本はかつての集落のありようをきわめて冷めた目で、なぜこのような形態になったかを実体の観察の中から解き明かしている。
北イタリアの美しい景観が表層的な理解では解き明かせないもので、実は日常の人間の生存と環境との深いかかわりのリアリティーの中から生み出されたものであることを理解させてくれる。
それは、美しさと生活のリアリティーとの関係、この問いへの解明を一歩進めさせてくれるかもしれない。

この本を読みながら、じゃー、現代の僕たちは建築や街づくりをどう考えたらいいのだろう、と思った時に、やはり帰り着いたのがこの本。
この本も生活のリアリティーに根差している。
名著中の名著ですね。

またもう一つ、日本の美しい茅葺屋根が人や地域とのかかわりのリアリティー中から生まれたものであることを解き明かした名作がある。

2018-02-03 | Posted in blogコメントする

日本一の大仏に願掛け Ⅲ 佳水園

京都は「都ホテル」に泊まる。
都ホテルというのは昔の呼び名で、今は「ウェスティン都ホテル京都」という名前に変わっている。
都ホテルの離れに数奇屋の「佳水園」(かすいえん)がある。
設計は村野藤吾、1959年竣工。
築50年以上になるが、チッとも古くならない。
もともと村野藤吾は戦前よりこの都ホテルの設計にかかわっていて、佳水園だけでなく、ホテルのいたるところに村野ワールドがある。

しかし何といっても佳水園は村野の代表作の一つでもあるから、特別なもの。


村野さん68歳の時の作。
村野さんは93歳まで仕事をし続けた人だけど、一般の世界から言えば68歳になると仕事から引退した人がほとんど。
村野さんにとって68歳は青二才だったのかもしれない。
エネルギーに満ち溢れた仕事だ。
勿論、才能もあるのだろうが、気力、イメージが漲り、それが設計に乗り移らないとできない建物だ。
設計をする者から見ると、村野がこの建物の設計にどれだけ渾身の力を注いだかが見えてくる。

実はこの建物を見るのは3度目。
以前は見えなかったが、今回始めて見えてきたものがあった。
村野の作り方というか、やり口というか、そういうものがいくつか分析的に掴めた。
あー成る程、こうやると村野の世界は作れるのかと。
で、それは何かと言うと、申し訳ないがヒ・ミ・ツ。
ただ少しだけ開示すると、一つに隅や端の扱い方に神経が行き届いている。
写真から探してみてください。

村野はこの佳水園の設計の頃から、今やっている仕事を人生最後の仕事と思いながらやり続けたらしい。
そのような覚悟が93歳まで続いたのだろう。
やはり、凄い。

2018-01-26 | Posted in blog, 未分類コメントする

重きを負いし君が肩に…

今年の宮中で行われた歌会始の皇后さまの歌である

語るなく 重きを負いし 君が肩に 早春の日差し 静かにそそぐ

多くを語ることなくただただ行動によってのみ表現し続ける天皇をよんだ歌、何とも奥深い。

日本において天皇とはどんな存在なのだろう、とずっと思ってきたがよくわからない。
天皇、皇后の被災地への訪問の姿を見るたびに胸が熱くなる。
そのような感情がどこから、何故沸いてくるのか、本当に不思議だ。
天皇って自分たちにとって何なんだろう、といつも思う。
それは戦前の、「畏れ多くも畏き辺りにおかせられましては・・・」というのとはあきらかに違う。
むしろ、それは尊敬?なのか。
そうとも思うし、
一千何百年も、他国では見られないような存在が続いてきたこと自体に、何かがあるのかもしれない。
それは、日本人って、自分って何だろうという問とも同じなのかもしれない。
よく分らない。

で、最近読んだ本。
またまた内田樹さんの本です。
相変わらずの切れ味抜群。

2018-01-18 | Posted in blog, 未分類コメントする

日本一の大仏に願掛け Ⅱ 平安神宮

奈良大仏様に願掛けの後、京都へ。
やはり正月らしく平安神宮や下賀茂神社へ。
平安神宮は中学の修学旅行以来。
建築をやるものからしたら何となく平安神宮なんて、と思っていたが、結構なものだった。
よく知られる赤い建物は平安宮大極殿を模して建造されたもので、伊東忠太の設計。
正面からは何となく重心の足りなさを感じるが、それは僕だけだろうか。
神宮の裏庭は植治こと、小川治兵衛によるもので、流石!
小川治兵衛は一昨年NHK、BSで何回かに分けて放映されて南禅寺別荘群の造園家として一般の人にも知られるようになった。
近代造園の生みの親と言われるが、南禅寺別荘群の池の水は琵琶湖疎水を利用したもので、この平安神宮の池もそうだ。
ただ、南禅寺別荘群は個人所有のものがほとんどで見ることはできない。
見ることのできるものは山形有朋が所有していた無鄰菴と、別荘ではないが、この平安神宮の庭くらいで、誰でもOK。

この池にかかる泰平閣と名付けされた屋根の付いた橋が素晴らしい。

御所より移築したものらしいが、本当に美しい。
真ん中の屋根の上には鳳凰の飾りがあり、優美さがある。

橋の屋根の小屋組みも美しい。

小川治兵衛のことはこの本に詳しい。
面白い。

2018-01-14 | Posted in blogコメントする

日本一の大仏に願掛け Ⅰ

せっかく正月参りをするのであれば、日本一の大仏さんに限るということで奈良へ。
そして奈良、京都を回ってきた。
奈良の大仏さんはさすが貫禄がある。

以前、お願い事を奈良の大仏さんにしたら、見事願いが叶い、やはり大仏の神通力はすごいと、また行ったわけだ。
ただ、中国語と韓国語に溢れていたことが以前とはちがっちた。

それはそれとして、
大仏さんの後ろに、大仏殿の建物模型が置いてある。
大仏殿はご存知かもしれないが、3回建て直し、それぞれの時代の模型が置いてある。
最初が創建の奈良、次に鎌倉、そして現在のものが江戸。
この模型をよく見て気付いたのは、鎌倉のものが際立って良いことに気づいた。
長さは奈良の創建のものとほぼ同じで、現在のものよりずっと大きい。
さらに大きいだけでなく、外観のみならず内部の空間も素晴らしい。
現在の大仏さんは台の上にのっているが、鎌倉のものは高すぎず、床より自然に大仏に至っている。

余計な台がないだけにかえって仏像が強調されている。
また仏像の周りには柱が多く立っていて、これも大仏を強調するのに役立っている。
鎌倉の東大寺は重源によるものだが、空間づくりにおいてもずば抜けていた。
なお、重源が作った東大寺の建物は南大門(仁王さんおわす建物)の他は一部しか残っていない。
また、兵庫県小野市にある浄土寺浄土堂も重源の作で、これも素晴らしい。

2018-01-08 | Posted in blogコメントする

而邸 #20 正月の床の間

我が家の床の間、正月の設えです。
恥ずかしながら、ごちゃごちゃとものが並べ立てられている。

床の間の正面はペルーの遺跡から出てきた5世紀、ナスカ文化の絞り染めの布。

なんてことのない布っ切れと言ってしまえばそれまでなのだが、この赤が見事で、どうしても欲しくなり、ついつい買ってしまった。
この赤はラックカイガラムシという虫からとれるもので、世界的に使われていて、東南アジアを始めとして世界に広がる。

床板の上の焼き物は朝鮮新羅時代の焼き物、のニセ。
かつてソウルの骨董屋の店主が新羅の焼き物です、と言って勧めてくれたもの。
李朝の白磁は有名、その前の高麗時代は青磁、さらにその前の新羅は灰色。
その新羅のものという。
ホントかいな?そんなものが手に入るわけがない。
あまりにも奇麗すぎる。
しかも、新羅の焼き物は国外持ち出し禁止と聞いている。
ニセを百も承知で買ったもの。

床柱は、先日行った丹波篠山の焼き物屋で買った丹波焼の花瓶に、庭に咲いている侘助の赤を生けた。

押し入れの下はインドネシアのチークの木をえぐって作ったアンティークの臼。

という具合に世界各国の品々のごちゃまぜ。
でも、不思議と違和感がない。

2018-01-02 | Posted in blogコメントする

Apartment樹

東京のお屋敷には、南側に自宅を、北側にアパートを作り賃貸経営をするというのがありました。
そのような集合住宅の現代版が浜田山に完成しました。

賃貸をお探しの方はこちらへ。

2017-12-28 | Posted in blogコメントする

丹波篠山

例年、秋から暮近くにかけて建築のいろんな賞の審査をする機会が増える。
今年はそのうちの一つで、丹波篠山に行くことになった。
丹波篠山って聞いたことあるな~、と思っていたら、正月に食べる黒豆の産地として有名なところ。
念のため、丹波篠山は、たんばしのやま、ではなく、たんばささやま。
兵庫県にあるが、瀬戸内海と日本海とのほぼ中間にある盆地で、大阪や、神戸京都から近く、しかも城下町としての歴史があってそう田舎臭くなく、自然も豊か、ということで移住者も多いらしい。
その場所に住む若い建築家の作品を見に行ったが、まだ粗削りとは言え空間に対する捉え方にはいいものを感じた。
いろんな審査のことはまとめて後日書きたいと思っているので、今日はこのくらいにするが、この丹波篠山は城下町で武家屋敷や商家の街並みが残っている。

妻入りになっているが、下屋をかけ平入りと言ってもいい。
堂々として気品があり美しい。

屋根瓦を漆喰で固めた屋根は西に行けば行くほど多い。
改修なった姫路城もそうだし、九州や沖縄に至ってはかなりシックイで固める。
しかしこの丹波篠山は京に近いからなのだろう、漆喰で屋根瓦を固めてもどこか洗練されている。

2017-12-24 | Posted in blogコメントする

絶対矛盾的自己同一

西田幾多郎という哲学者の名前を聞いたことのある人は多いと思う。
建築関係の人なら、安藤忠雄さんが石川県に西田幾多郎記念哲学館を設計したことで知っているかもしれない。
この方は京都学派のど真ん中にいる人で、日本独自の哲学を考えるうえで欠かせない人。
でもこの人の本はえらく難しくて、チンプンカンプン。
「絶対矛盾的自己同一」なんて言葉が出てきて、何のことかさっぱり理解できない。
何度かチャレンジしたことがあったが、何時も1~2ページで挫折してしまっていた。
それに西田には「禅の研究」なんて言う本もあり、空だの、悟りだのとついつい結びつけたりして、近代的な思考に染まってしまっている我々にはどうも苦手だ。

ところが最近、生物学者で「動的平行」でお馴染みの福岡伸一さんがこの西田幾多郎にチャレンジした本が出た。
福岡さんは科学者だからもともと近代的思考の持ち主。
この福岡さんが、池田善昭さんという哲学者に西田哲学について指導を仰ぎながら、段々と理解を深めていくというものだが、池田先生が福岡さんの動的平行は西田哲学的だと言ったことから始まったらしい。
この本だったら長年挫折を繰り返した西田哲学がわかるかもしれないと手にした。
結果は、まだ完全に理解できたとは思えないが、どんなことを言おうとしているのかくらいまでは辿り着けたから、かなりの進歩だと思う。
それに、この本を読みながら思ったことは、西田哲学って結構建築に関係があるかも、ということだった。
ライプニッツという17~8世紀の哲学者がいるが、建築家にはこの哲学者のファンが結構いる。
ちなみに、ライプニッツは数学者でもあっただけに西田よりはるかにわかりやすい。
西田善昭さんはそのライプニッツの研究者でもあるようで、ライプニッツの先に、西田哲学があると言ったようなことも書いておられる。

興味のある方はご一読を。

 

2017-12-19 | Posted in 最近読んだ本, blogコメントする

28年目のリフォーム

28年前に設計した建物の建主さんからリフォームをしたいのだけど、との連絡があった。
電話で聞く建主さんの声は昔のままだったが、
建物は28年も経っているのだから、結構古くなっているかも、と思った.
しかし、久しぶりに訪れる建物は昔のまんま。
変わっていたのは私も含め人間方だけだったかもしれない。
確かに木部の色は少々黒ずんでいたが、隙ができたりすることもなく、
しっかりしていた。
それは建主さんが大事に扱ってくれていたこともあったのだろう、嬉しかった。
建物は住まい手によって随分と変わるものだ。

リフォームの内容は、主に家族の構成も変わり少々プランを変えること、
水回りや内装、外装を塗り替えることなど諸々。

工事は28年前の大工の息子がやることになった。
28年前、息子はまだ高校生くらいで、現場に手伝いに来ていた。
しかし、今や40半ば、立派な大人になっている。
手伝いに来ていたから、外から見えない天井の内部などの記憶もあったようだ。
父がやった建物を息子が引き続く、素晴らしいことだ。
建主さんはこの息子のことが大変気に入り、
また建物も新築のように蘇り、大変喜んでいただいた。
設計の仕事をやっていて、こういう出来事は本当に嬉しいものだ。

2017-12-03 | Posted in blogコメントする