泉幸甫建築研究所

日本一の大仏に願掛け Ⅰ

せっかく正月参りをするのであれば、日本一の大仏さんに限るということで奈良へ。
そして奈良、京都を回ってきた。
奈良の大仏さんはさすが貫禄がある。

以前、お願い事を奈良の大仏さんにしたら、見事願いが叶い、やはり大仏の神通力はすごいと、また行ったわけだ。
ただ、中国語と韓国語に溢れていたことが以前とはちがっちた。

それはそれとして、
大仏さんの後ろに、大仏殿の建物模型が置いてある。
大仏殿はご存知かもしれないが、3回建て直し、それぞれの時代の模型が置いてある。
最初が創建の奈良、次に鎌倉、そして現在のものが江戸。
この模型をよく見て気付いたのは、鎌倉のものが際立って良いことに気づいた。
長さは奈良の創建のものとほぼ同じで、現在のものよりずっと大きい。
さらに大きいだけでなく、外観のみならず内部の空間も素晴らしい。
現在の大仏さんは台の上にのっているが、鎌倉のものは高すぎず、床より自然に大仏に至っている。

余計な台がないだけにかえって仏像が強調されている。
また仏像の周りには柱が多く立っていて、これも大仏を強調するのに役立っている。
鎌倉の東大寺は重源によるものだが、空間づくりにおいてもずば抜けていた。
なお、重源が作った東大寺の建物は南大門(仁王さんおわす建物)の他は一部しか残っていない。
また、兵庫県小野市にある浄土寺浄土堂も重源の作で、これも素晴らしい。

2018-01-08 | Posted in blogコメントする

而邸 #20 正月の床の間

我が家の床の間、正月の設えです。
恥ずかしながら、ごちゃごちゃとものが並べ立てられている。

床の間の正面はペルーの遺跡から出てきた5世紀、ナスカ文化の絞り染めの布。

なんてことのない布っ切れと言ってしまえばそれまでなのだが、この赤が見事で、どうしても欲しくなり、ついつい買ってしまった。
この赤はラックカイガラムシという虫からとれるもので、世界的に使われていて、東南アジアを始めとして世界に広がる。

床板の上の焼き物は朝鮮新羅時代の焼き物、のニセ。
かつてソウルの骨董屋の店主が新羅の焼き物です、と言って勧めてくれたもの。
李朝の白磁は有名、その前の高麗時代は青磁、さらにその前の新羅は灰色。
その新羅のものという。
ホントかいな?そんなものが手に入るわけがない。
あまりにも奇麗すぎる。
しかも、新羅の焼き物は国外持ち出し禁止と聞いている。
ニセを百も承知で買ったもの。

床柱は、先日行った丹波篠山の焼き物屋で買った丹波焼の花瓶に、庭に咲いている侘助の赤を生けた。

押し入れの下はインドネシアのチークの木をえぐって作ったアンティークの臼。

という具合に世界各国の品々のごちゃまぜ。
でも、不思議と違和感がない。

2018-01-02 | Posted in blogコメントする

Apartment樹

東京のお屋敷には、南側に自宅を、北側にアパートを作り賃貸経営をするというのがありました。
そのような集合住宅の現代版が浜田山に完成しました。

賃貸をお探しの方はこちらへ。

2017-12-28 | Posted in blogコメントする

丹波篠山

例年、秋から暮近くにかけて建築のいろんな賞の審査をする機会が増える。
今年はそのうちの一つで、丹波篠山に行くことになった。
丹波篠山って聞いたことあるな~、と思っていたら、正月に食べる黒豆の産地として有名なところ。
念のため、丹波篠山は、たんばしのやま、ではなく、たんばささやま。
兵庫県にあるが、瀬戸内海と日本海とのほぼ中間にある盆地で、大阪や、神戸京都から近く、しかも城下町としての歴史があってそう田舎臭くなく、自然も豊か、ということで移住者も多いらしい。
その場所に住む若い建築家の作品を見に行ったが、まだ粗削りとは言え空間に対する捉え方にはいいものを感じた。
いろんな審査のことはまとめて後日書きたいと思っているので、今日はこのくらいにするが、この丹波篠山は城下町で武家屋敷や商家の街並みが残っている。

妻入りになっているが、下屋をかけ平入りと言ってもいい。
堂々として気品があり美しい。

屋根瓦を漆喰で固めた屋根は西に行けば行くほど多い。
改修なった姫路城もそうだし、九州や沖縄に至ってはかなりシックイで固める。
しかしこの丹波篠山は京に近いからなのだろう、漆喰で屋根瓦を固めてもどこか洗練されている。

2017-12-24 | Posted in blogコメントする

絶対矛盾的自己同一

西田幾多郎という哲学者の名前を聞いたことのある人は多いと思う。
建築関係の人なら、安藤忠雄さんが石川県に西田幾多郎記念哲学館を設計したことで知っているかもしれない。
この方は京都学派のど真ん中にいる人で、日本独自の哲学を考えるうえで欠かせない人。
でもこの人の本はえらく難しくて、チンプンカンプン。
「絶対矛盾的自己同一」なんて言葉が出てきて、何のことかさっぱり理解できない。
何度かチャレンジしたことがあったが、何時も1~2ページで挫折してしまっていた。
それに西田には「禅の研究」なんて言う本もあり、空だの、悟りだのとついつい結びつけたりして、近代的な思考に染まってしまっている我々にはどうも苦手だ。

ところが最近、生物学者で「動的平行」でお馴染みの福岡伸一さんがこの西田幾多郎にチャレンジした本が出た。
福岡さんは科学者だからもともと近代的思考の持ち主。
この福岡さんが、池田善昭さんという哲学者に西田哲学について指導を仰ぎながら、段々と理解を深めていくというものだが、池田先生が福岡さんの動的平行は西田哲学的だと言ったことから始まったらしい。
この本だったら長年挫折を繰り返した西田哲学がわかるかもしれないと手にした。
結果は、まだ完全に理解できたとは思えないが、どんなことを言おうとしているのかくらいまでは辿り着けたから、かなりの進歩だと思う。
それに、この本を読みながら思ったことは、西田哲学って結構建築に関係があるかも、ということだった。
ライプニッツという17~8世紀の哲学者がいるが、建築家にはこの哲学者のファンが結構いる。
ちなみに、ライプニッツは数学者でもあっただけに西田よりはるかにわかりやすい。
西田善昭さんはそのライプニッツの研究者でもあるようで、ライプニッツの先に、西田哲学があると言ったようなことも書いておられる。

興味のある方はご一読を。

 

2017-12-19 | Posted in 最近読んだ本, blogコメントする

28年目のリフォーム

28年前に設計した建物の建主さんからリフォームをしたいのだけど、との連絡があった。
電話で聞く建主さんの声は昔のままだったが、
建物は28年も経っているのだから、結構古くなっているかも、と思った.
しかし、久しぶりに訪れる建物は昔のまんま。
変わっていたのは私も含め人間方だけだったかもしれない。
確かに木部の色は少々黒ずんでいたが、隙ができたりすることもなく、
しっかりしていた。
それは建主さんが大事に扱ってくれていたこともあったのだろう、嬉しかった。
建物は住まい手によって随分と変わるものだ。

リフォームの内容は、主に家族の構成も変わり少々プランを変えること、
水回りや内装、外装を塗り替えることなど諸々。

工事は28年前の大工の息子がやることになった。
28年前、息子はまだ高校生くらいで、現場に手伝いに来ていた。
しかし、今や40半ば、立派な大人になっている。
手伝いに来ていたから、外から見えない天井の内部などの記憶もあったようだ。
父がやった建物を息子が引き続く、素晴らしいことだ。
建主さんはこの息子のことが大変気に入り、
また建物も新築のように蘇り、大変喜んでいただいた。
設計の仕事をやっていて、こういう出来事は本当に嬉しいものだ。

2017-12-03 | Posted in blogコメントする

さっそく木に登る

「マガジンハウスに泰山館のことが出てましたよ」と泉事務所の所員さんが。
さらに「褒めてありましたよ」と僕の方を見てニコッとする。
それは見なきゃならない。建築家は褒められるのが大好き!
すぐに木に登ってしまう。
ところで泰山館とは、もう27年も前に設計した賃貸の集合住宅で、自分で言うのもなんだが、人気がある。
新築時から27年たった今でも、ほとんど家賃が下がらなく、不動産業界ではヴィンテージ物件と呼ばれたりしているようだ。
で、さっそく本屋に「マガジンハウス」を買いに行ったのだが、マガジンハウスという本はない、という。
2~3軒回ったがない。
帰って「そんな本ないよーッ」と所員さんに言ったら、
「ワハ、ハ、ハ、マガジンハウスという本はないですよ、それ出版社の名前、本の名前は、And Premium(アンド プレミアム)ですよー」

又、買い直しに行ったら、ありました、ありました。
「時代を超えて、いいもの」という特集で、
泰山館に建築家の方が住んでいて、その方の話や部屋を取材した丁寧な記事が載っていた。
建築家さんの話はこの建物の設計についてよく見ておられて、お褒めを頂いていた。
同じ仕事をするプロが実際に住んで褒めてくれるのは最高にうれしいこと。
それに建築家は表立って人の作品を褒めたりは滅多にしない。
それにもかかわらず紙面上で褒めて頂いたことは、この上なくうれしいことだった。

2017-11-12 | Posted in blogコメントする

ロマネスクを訪ねて Ⅶ

サン・ギレム・ル・デゼール修道院のあるギレムで泊まったホテルは、プチホテルとよく呼ばれる。
何百年も経った古い建物を改修したものが多い。。
建築史の専門家ではないから確かなことは言えないが、ロマネスクやルネッサンスの時代に遡ることができる建物ではないか。
そのような古い建物に宿泊できるとは、最高に幸せだ。
日本で言えば、室町、鎌倉時代の建物に泊まっているようなもの。
外観は前回紹介した写真の様に古い石積み。

しかし、石造とは言え、床や屋根などの水平方向に支えるものは木造でできている。
これは世界共通。
アーチの石積みで床を持たせることもあるが、多くは水平方向に木の梁を渡し床や屋根を支える。
天井を見上げると古い黒々とした梁が渡してある。
壁は多くの場合シックイ。
ビニールクロスのようなチャライ材料は使ってない。
ある意味、何もしてないと言えばそうなのだが、それで十分。

向かいの家が見える窓。

ベッドのシーツはきれいだし、シャワーもよく出る。
(たまにそうでないこともあるが…)
これで、何と1泊2~3,000円!
(ユーロになって、今はどうなってるか知らないが)
勿論、素泊まりだけど。
こういったことこそ豊かさ、じゃないのかな?

この旅は大まかな目的地を決めて出発したが、厳密なスケジュールはなく行き当たりばったり。
だからホテルも目的地に着き探すことになる。
フランスでは部屋を見せてもらい、気に入ったら宿泊を決めることができる。
このようなプチホテルを探しながらのロマネスクを訪ねる旅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017-11-07 | Posted in blog, 未分類コメントする

ロマネスクを訪ねて Ⅵ

前回のサン・マルタン・ド・ロンドル教会から、
サン・ギレム・ル・デゼール修道院(Saint-Guilhem-le-Désert)へ。
ギレムは修道院も圧巻だったが、村も山奥の渓谷にあって美しい。

フランスでも有数の美しい村に数えられているらしい。
古い村で、スペインへのサンティアゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼者が立ち寄る聖地でもあった。
日本とは違い石造りだから、建物の寿命が格段に長い。
中世の世界に迷い込んだようだ。
ギレムの教会の前には広場があり、プラタナスが植わり、カフェテラスの椅子が並べられている。
ちなみに、奥の建物の3階、右側が僕の泊った部屋。
1階はバール。
(このフランス旅行で泊まった宿屋の話は次回に)


街中を歩いていると、こんな仕上げがさり気なくある。

金物の堀商店のレバーハンドルにこんなのがあったような気がするが、こちらがおおもと。

いよいよギエムの修道院です。
ベネディクト会の修道院で、11~2世紀に建てられた建築。
こちらは裏側で、修道院全体の様子がよくわかる。

教会堂の内部です。

小手先を使ったようなところが微塵もなく、ただ石を積んだだけのようにも見える。
だが、心揺さぶられる壁だ。
それは石の質感か、光か、石の積み方か、石工の気持ちが伝わってくるのか、そのいずれも、なのだろうが、
この良さを何と表現したらいいのか、なかなか言葉が見つからない。
静謐、何の衒いもない、いやいや、そう簡単ではない。
ル・トロネから始まり、このあたりに至ってもうロマネスクの虜になってしまった。

あ~、何と美しことか!

ロマネスクは造形的に美しいというだけの単純な世界ではない。
宗教が関与しているからか、人を包み込む優しさ、安心して何かにゆだねることのでる懐の深さがある。

You Tubeでギレムを見つけました。
2分15秒くらいから見ればいいと思います。

ギレムの街の様子

2017-10-16 | Posted in blog, 未分類コメントする

ロマネスクを訪ねて Ⅴ

前回までは、ニースから車でエクサン・プロヴァンスの街、山岳地帯にあるボニューの街の絶景を眺めながら、「プロヴァンスの三姉妹」の修道院を見るところまででした。
そこからもっと西へ。
「アビニオンの橋の上で」という歌で知られているアビニオンへ。
アヴィニオンではやはりロマネスク時代の教会、街中などを。
さらにアルルではゴッホが入っていた精神病院などを見る。
精神病院を見たのは、確かゴッホが描いた精神病院があったよなー、くらいの記憶があったからか。
建築的な期待をしてたわけではないが、何となくついつい。
しかし、昨日素晴らしい「プロヴァンスの三姉妹」を見た後だけにがっかり。
修道院をコンバージョンし、黄色いペンキを塗ったひどい建物で、見なきゃよかったと後悔。

ここにゴッホの絵があるわけではない。
やはり旅は、これっ!と思ったものを見るのがよい。

つぎにアルル近郊のサン・ジル教会(SAINT-GILLES)。
サン・ジルは立派な門構えのロマネスクの教会。
それに門の前にも立派な階段がある。
この階段に腰掛け、僕ら4名の御一行様は、フランスパンと水だけの昼食をとる。
この頃、超貧乏というわけでもなかったのだが、背中にロマネスクの堂々とした教会、見上げると南仏の明るい空、階段に座って食べたパンの美味しさが24年後の今でも記憶が残っている。

入り口の上にはやはりたくさんの図像が彫ってある。

 

真ん中あたりには「弟子の足を洗うキリスト」がある。

モンペリエを通過し、サン・マルタン・ド・ロンドル教会(SAINT MARTIN DE LONDRES)へと向かう。

 

円形のアプスや軒のジャバラなどはロマネスクのおおらかな形態が残ったいい建物だが、周りに良くない部分も混在している。
この教会は200年くらい前に大改修をやったらしい。
帰ってきてわかったのだが、この建物のオリジナルな部分は、この後に見ることになるギレムの修道院の修道僧によって作られたものとか。
ギレムはこの旅で見た3本の指に入る素晴らしいロマネスク建築だったが、なるほど、ギレムと同じ人たちが作ったのなら、改修の前は相当よかったんだろうな、と想像できる建物だった。
いい建物を後世に改修し、ダメにしてしまうのはいつでも、どこでも同じことなのだろう。
作った者たちの思いれを理解しない人間が今でも横行している。

このあたりの街で見た住宅です。
フランスだなー。

 

2017-10-09 | Posted in blogコメントする