泉幸甫建築研究所

現在掲載中の雑誌

専門家向けの雑誌ですが、

彰国社の雑誌「ディテール」の211号に「工/手の家」が掲載されています。

ディテール 2017年 01 月号 [雑誌]

よろしかったらご一読を。

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2017-01-05 | Posted in blogコメントする

美しい階段を目指して

今年の仕事納めは鉄工所へ。

今作っている住宅の階段はリビングの中にあって目立つ存在。

美しく軽やかに上階へと飛翔してほしい。

そのような階段を、鉄筋トラスのササラ桁で考えた。

しかも階段全体としては螺旋と直線の組み合わせ。

模型を作ってみないと、どう構成していいか、またディテールもわからない。

そこでいくつも模型を作った。

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手すりなどはついてないが、最終の形に近いもの。

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これが製作現場の様子です。

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カーブが自然と流れるのが難しい。

鉄工所の松田さんがよくやってくれた。

暮れも押し詰まった、製作現場でのいい仕事納めだった。

 

 

 

2016-12-31 | Posted in blogコメントする

まさかのことが多々起こった今年

トランプの勝利や、イギリスのユーロからの脱退、テロなどまさかと思うようなことが今年はいろいろとおこり、世界が激動し始めた感がある。

そんな中で、駅の売店で思わず買った雑誌、週刊「東洋経済」の「ビジネスマンのための近現代史」が面白かった。

ナショナリズムや、ポピュリズム、保護主義などの基礎知識を分かりやすく解説してくれている。

週刊東洋経済 2016年12/24号 [雑誌]

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2016-12-23 | Posted in blog, 未分類コメントする

七竈(ななかまど)

ナナカマドって変な名前だと以前より思っていた。

調べてみたら七竈 と書くらしく、

材が硬く、燃えにくく、7回かまどにくべても燃え残るためだとか。

下の写真は、冬になってもたくさんの枝が残るナナカマドを道路に面した窓の前に植え、道路との緩衝となるように植えたもの。

 

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2016-12-22 | Posted in blog, 未分類コメントする

本の紹介「現代音楽のゆくへ 黄昏の調べ」☆☆

現代音楽がなぜ不人気なのか、そしてその不人気な現代音楽はどのようにしたら人々に受け入れられるようになるのか、といったことを論じた本。
もともと現代音楽はわかりずらく不人気だったが、さらに最近は演奏される機会も減っているようだ。
やはり人気がないのだろう。

で、そんな現代音楽を論じる本だが、この本の「現代音楽」という言葉を「建築」という言葉に置き換えても読むこともできる。
建築は現実社会での用途が前提とされるから、現代音楽のように「人にわかんなくっても、俺が描きたいように作曲するだけ」という具合にはいかないが、建築にも多少なりとも一般の人には理解され難い傾向があるのも事実だ。
現代音楽の不人気の理由を、新しさが常に求められる「近代」にあるとし、その歴史的変遷のキーワードとして、構成、モダン、ポストモダン、キッチュ、ミニマリズム、素材の自由化、コラージュなどが出てくる。
なんだ建築と一緒じゃん!と驚かされる。
音楽、絵画、建築などあらゆる芸術が関係性を持ちながら同時代的に進行しているんですね。
この本を読むことで、我が建築の世界を逆に照らし出されるような気がした。
黄昏の調べ: 現代音楽の行方

2016-12-10 | Posted in blogコメントする

オッ、楽しい家

 

現場に行く途中、柿の木坂で出くわした家。
なかなか楽しい。

よく見てみると、蔦が絡んでいたり、

蝶も舞っている。

なかなかうまい。
多分、絵描きさんが描いたんだろうな。

そう言えば、海外でこれを大々的にやっているのを見たことがある。
ドイツに行ったとき、オーストリアに近い国境の町、オーバーアマーガウとかいう町。この街にはだまし絵の建物がたくさんあって妙に楽しい街だった。
よく見ると窓回りの飾りは全部フレスコ画で書いたもの、壁は実はツルンとしている。
良く描けているので、本当はどうなのかと、絵を引き剥がして見るには努力がいる。

2016-11-23 | Posted in blogコメントする

而邸 ⅩⅧ 家守君

自宅(而邸)の障子にペタッとくっ付いていたヤモリのシルエットです。
美しい!

 

2016-11-08 | Posted in blogコメントする

会津 Ⅲ 長床 ☆☆

長床(ながとこ)は前々から見たいと思っていた建物だが、やっと目にすることができた。何度もこの近くを通っていたのだけど…。

なるほど、水平に広がる姿が美しい。

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会津は幕末で有名。それだけでなく長い歴史があることは前回書いたが、この長床は会津盆地の北寄りのラーメンで有名な喜多方にあって、平安末期から鎌倉初めに建てられたといわれる建物。神社の拝殿です。

そんなに古い建物だから何度も何度も改修を繰り返し、柱は根継(ねつぎ)だらけ。かつて床はもっと高く持ち上げられていたそうだが、段々と短くなり現在のように基壇からわずかしか上がってない状態になったそうだ。

柱をよく見ると木目が洗われ、年月を経たものだけが持つ深みのある美しさ。

 

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この建物には壁がない。それどころか貫(ぬき)もない。一度だけ江戸初期に地震で倒壊したそうだが、それでも頻繁にある地震によく耐えてきたものだ。貫が使われるようになり建物の強度は格段に向上したが、それは鎌倉以降。

それまでの耐震技術は長押(なげし)によったが、なるほど長床も大きな長押で固めてあるのがわかる。

 

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長床のように壁のない建物を韓国でも見たことがある。屏山書院(ピョンサンソウォン)という建物で、これも美しい。近く世界遺産になるとか。

同じく吹き曝しだが、長床とは微妙に違う。やはり韓国の建物だ。

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2016-10-30 | Posted in blogコメントする

会津 Ⅱ 左下り観音堂☆☆☆

会津と言えば、戊辰戦争や会津戦争に代表されるように幕末の物語が印象深く、その前はどうだったかあまり考えることもなかったが、奥州最大の都市だったこともあったらしい。そのようなことから古い建物があるのは当然のこと。

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この建物を見て、正直言ってびっくり!

人知れず、会津にこんなに素晴らしい建物があったとは。

もちろん地元の人はこの建物の存在を知っているはずだが、当地以外の人でここににこのような建物があることを知らないのではないか。

いわゆる掛け作りで、何時の創建かははっきりしないらしいが、造りからするっと鎌倉初期。

最上階です。

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最上階だけでなく、その下にも2層の床があるが、この空間もいい。

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かなり古びて木目が浮き立っているが、それが心地よい。

最近、やっと県の指定文化財になったらしいが、地元の人の憩いの場所として飲み食いが今でもなされ、地元の人に大事に保存されてきたようだ。

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柱も根継だらけ。

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国の文化財になってもいい建物だと思うが、そうなると地域の人に手の届かないものになってしまい、建物本来のものでなくなってしまう。

 

 

 

2016-10-20 | Posted in blogコメントする

會津 Ⅰ

例年出ている「木の建築賞」の選考で福島県会津へ。

 

木の建築賞は今年で第12回。日本を4つの地域に分け、毎年順繰りに回って、各地域の優れた木造建築に賞を差し上げるというもの。

今年度は東北の各県に新潟、北海道が審査の対象地域になっている。

近年、建築関係の賞は沢山あるがいい加減な賞が多い。そのような中で木の建築賞は1次選考、2次選考、3次選考が現地審査と丁寧な内容のある討論を経て賞が決定されている。

先週の土曜日に會津で2次選考会が開かれたのだが、いい作品がかなりあったが、その内容については3次の最終選考の後で。

毎年土曜に行われる2次選考の翌日の日曜日には選考会場のある地域の木造建築の見学会が開かれる。

というわけで今年度は会津地方の建築を見ることができた。

會津と言えば有名な栄螺堂(さざえどう)がある。

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DNAと同じように2重らせんになっていて、登り下りが別々のルートになっていて、登りが1.5回転し、また降りるのに1.5回るので、計3回転することになる。なぜこのような建物を作ったか、諸説あるようだが、面白いのはレオナルド・ダ・ビンチもこのような2重螺旋の建物を作っていて、その図画が新潟辺りに辿り着き、それに触発されて作ったというのがある。

それは置いておいて、実際に見る栄螺堂はグロテスクというかバロックというか…、こんな濃い建物はそう日本にない。

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それにしてもどのようなプロセスを経て作ったのだろうか。

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江戸になると今の時代に近い精密な図面も描かれていたから、そのようにして作ったのだろうか? いやいやこの建物を図面にするのは相当に難儀なこと。平面は6角形で。そして人間が立てる階高の4倍の高さの中央と外側に6本の柱を先ず立て、それを元に順次作っていったのではないか・・・など、建築をやっている人間ならではの興味が湧いてきた。

 

2016-10-11 | Posted in blogコメントする