泉幸甫建築研究所

Apartment鶉(じゅん)

2002年、目白に完成した集合住宅Apartment鶉(じゅん)です。
一昨日見学会があり、参加者の方が撮ってくれた写真です。
16年経ち、深みが出ていい感じになりました。

Apartment鶉にはビオトーブの池があり、池の中やその周辺にいろんな生物が生息しています。

今、水連の季節です。

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2018-06-11 | Posted in blogコメントする

この花、本物?

仕事場へ行く途中にある小学校の生垣にこんな花が今、真っ盛り。
花に光沢があり、一瞬、これ造花?と思わせるほど、ツヤツヤに光っている。

写真で見るよりもっと光沢があり、水中花のビニールで作った花びらのようだ。
しかも花びらは単調に中心から規則正しく並んでいる。
何かいやだなー、こんな毒々しい単純なものは造花に違いないと思い、触ってみたら、少し水分を感じた。
本物だった。

調べてみたらマツバキクというアフリカ産の多年草とのこと。
子供がいる場所だからこのような単純なものが分かりやすくていい、と考えて植えたんだったら、それはちょっと違うと思うんだけど。
まっ、好き好きだからと言ってしまわれると、答えに窮するんだけどね。

2018-06-07 | Posted in blog, 未分類コメントする

今、出ている雑誌

泉幸甫建築研究所で設計した建物「八雲」が
新建築社「住宅特集」6月号に出ています。

2018-05-25 | Posted in blog, 未分類コメントする

カクレキリシタン

京都に有斐斎弘道館(ゆうひさい こうどうかん)という建物がある。
江戸中期に皆川淇園(みながわきえん)という儒学者の屋敷。
現在の弘道館は、江戸から大正にかけて作られた和風の建物で、今や少なくなりつつある京屋敷を保存し、その景観や文化を守る活動をしている。
この建物を訪ねる機会があった。
まず驚いたのは、日本文化を守り広める活動の場所にもかかわらず、案内して頂いたのがチェコ出身の美人のクリスティーナさんで、日本語が達者で、日本文化もよく理解しておられる。
しかも展示というか、設えが、面白い。
仏壇があるんだけど何か変。

仏像でなく、マリア様が置いてある。
クリスチーヌさんが、「カ・ク・レ・キ・リ・シ・タ・ン」だって。

さらに掛け軸が床の間に飾ってある。

よく見ると、これ、藤田嗣治ジャン!
フジタを掛け軸か、面白い!

自由自在。 😛

2018-05-22 | Posted in blogコメントする

家づくり学校第10期

泉が校長をやっている家づくり学校、第10期の案内です。
大学を卒業し、多少の建築の経験のある人がもう一度学びたいということで、
多くの人が入学し卒業していきました。

おおむね1か月に1回ほど、4年間、座学もあれば見学もたくさん、それに修学旅行まであるという、楽しく、それでいて住宅設計の実践の本質を学ぶ学校です。
興味のある方は是非、是非。
家づくり学校

2018-05-03 | Posted in blogコメントする

滋賀へ Ⅴ 角大師

京都に行くと民家の玄関の上にこんなお札がよく貼ってある。

普通のお札とは違って、角が生えてるし、人を迎える玄関に貼るのはどうかなー、と思う一方、この鬼、ちょっと可愛くて、印象に残るものがある。
このお札はどのお寺で売っているのだろうと思っていた。
そうしたら、比叡山の横川(よかわ)の元三大師堂(がんざんだいしどう)に行ったら、突然目の前に例の”鬼”の石碑が。
気になっていたものがあった、ここだったのか!

良源というたいへん偉いお坊さんがかつて比叡山にいて、根本中堂を再建したりし、延暦寺中興の祖と呼ばれる人らしい。
その良源が疫病が流行った時に、鬼の姿に化して疫病神を追い払ったが、その時の姿がこのお札の元になったらしい。
良源は「角(つの)大師」とも呼ばれ、この魔除けのお札の名前の由来になった。
何となくお札の由来とそれを売っているお寺がわかって、一つ課題が終わった感じ。
ところでこの角大師のお札にはもう一枚、悪魔降伏というお札とセットにして売っていて、こちらは家の中に貼るものとか。

2018-05-02 | Posted in blogコメントする

滋賀へ Ⅳ 坂本その2

前回紹介した琵琶湖湖畔の町、坂本は比叡山のお坊さんの住まいがあったところ。
えっ?比叡山のお坊さんって、比叡山に住んでるんじゃないの?と思われるかもしれない。
僕もそう思ってた。
比叡山の山の中にいるお坊さんは修行中の人らしい。
山の上の生活は千日回峰などで知られるように「論湿寒貧」(ろんしつかんぴん)と言われる厳しいもの。
だから年を取って、体が弱ったお坊さんは下の温かいところに降りて住んだのが坂本。
山の上の方を「山坊」と言い、下の坂本を「里坊」と言ってたらしい。。
その坂本の里坊の街の石垣は、もちろん地元の穴太衆によって築かれたものだ。

その里坊の一つ「旧竹林院」を見た。
この庭がなかなか素晴らしい。
ランドスケープ的、庭園。

苔むした地面に美しい木漏れ日が落ちていた。

2018-04-26 | Posted in blogコメントする

滋賀へ Ⅲ

比叡山から琵琶湖に向かって降りると坂本という町に出る。
その坂本という街が面白い。
まず、明智光秀の居城があったところ。その坂本城は背に比叡山、前面に琵琶湖、現地に立ってみるとここが天然の要害を備え、たまた交通の要所で戦国時代、重要な拠点だったことがわかる。明智光秀は主君・織田信長を討ったことで、評判がよろしくないが、現地では、領民を愛して善政を布いたといわれる。
またこの坂本、街に行ってまず目につくのが、屋敷を囲うように綿々と美しい石垣が連なる景色。


実は今度の修学旅行の大きな目的の一つは、この石垣を見ることにあった。
坂本には穴太衆という石工集団がかつていくつもあったらしいが、現在は粟田純徳さんという親方だけがその技を引き継いでいる。
日本の城の石垣を直せるのはこの方しかいないらしい。
坂本の街の石積みを見ながら、栗田さんに石積みのことをいろいろと聞かせて頂いた。

実直そうな方で、深く石積みを愛し、その伝統を守ることの責任感を持っておられることをひしひしと感じた。
ところで、この粟田さんのところに、今年卒業したばかりの日大の教え子が弟子入りした。
そしてその子は何と女の子!
私、石工になりたい!という夢に向かって頑張っていたが、粟田さんの下でそのスタートに立つことができたわけだ。
今頃は、もう働き始めていると思うが、厳しい修行に耐え、日本の重要な文化の一つの後継者になってもらえたら、と願っている。

2018-04-24 | Posted in blogコメントする

滋賀へ Ⅱ

泊ったのは延暦寺根本中堂のすぐそばにある宿坊。
朝起きたら眼下に琵琶湖がわっと迫ってくる。
信長が比叡山を焼き払ったのは、叡山にはかなりの軍事力があり、見下ろす琵琶湖の水上交通を抑えてたらしい。
琵琶湖とその周辺の陸路は当時、交通の要所。

比叡山の山の上から見ると、なるほどね、とわかる。
信長叡山焼き討ちは、天下平定の野望の戦略上、そうせざるを得なかったのだろう。
凄いやつだった、と感心。

起きたら根本中堂に行く予定になっていて、
座禅でもさせられるのかと思ったが、
簡単な説教のようなものがあったのみ。
根本中堂は改修中。
確か中学の修学旅行できたはずだが、まるっきり記憶にない。
始めてきたようなもんだ。
この建物の断面計画が面白い。
信者が拝むところから、一旦3メートルぐらい下がった石畳になっていて、本尊はその上に、参詣者と同じ高さになるように安置してある。
こんなの見たことない。
でも、よく考えれば、お釈迦様の教えにはちょっとだけでも近いのかもしれない。

根本中堂が修復中だったことが、延暦寺は西塔がよかった。

2018-04-11 | Posted in blogコメントする

滋賀へ Ⅰ

「家づくり学校」には修学旅行があります。
毎年3月に行われ今年で7回目。
とっても楽しい旅行で、大体二泊三日。
建築が好きなもの同士の旅行は本当に楽しいもの。
1年目が愛知、三重。
2年目が秋田、青森。
3年目が石川、金沢。
4年目が京都。
5年目が岡山、兵庫。
6年目が高知、愛媛。
そして今年は滋賀県と、日本中を回る予定で、何時かは海外にも遠征したいと思っている。

まずは近江八幡の古い街並みを。

いろんなところに行っては昔の看板の写真を撮っていて、いつかまとめて発表できたらと思っています。
醤油屋の看板ですね。

おおー、何とも面白い破風。

そのほか、近江八幡はメンソレータムも製造販売していた、建築家ヴォーリーズの根拠地で、彼の家、かわらミュージアムなども見学。
夜は比叡山、延暦寺の宿坊に宿泊。
夜は遠くに夜景の灯がチラチラと見え、京都?かと思っていたが、朝起きたら眼下に琵琶湖が。

比叡山というと京都というイメージがあったけど、どちらかというと琵琶湖に面しているんですね。
琵琶湖の日本の歴史に及ぼした影響が、この旅行で段々と実感できた。

2018-03-31 | Posted in blog, 未分類コメントする